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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)545号 判決

主文

被告人を懲役二年六か月に処する。

未決勾留日数のうち二〇〇日を刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

第一被告人は、平成七年二月二七日午後五時ころ、東京都大田区〈地番略〉のH方前路上において、通行中のA(当時一三歳)を見つけ、強いてわいせつな行為をしようと考えた。そこで、Aに対して、持っていたカッターナイフ(平成七年押第九八四号の1)を突きつけながら、「言うことをきかないと背中から刺すぞ。」などと言って脅し、反抗できないようにした上、同区〈地番略〉のコープの敷地内まで連れていった。そして、同所において、Aに無理矢理接吻するなどして、強いてわいせつな行為をした。

第二被告人は、同日午後五時三〇分ころ、同区〈地番略〉のK公園において、遊んでいたB(当時一二歳)を見つけ、強いてわいせつな行為をしようと考えた。そこで、Bに対し、持っていた前記カッターナイフを見せながら、「俺の言うことをきけ。きかなければ刺すぞ。」などと言って脅し、反抗できないようにした上、同区〈地番略〉のG玄関前まで連れていった。そして、同所において、Bにわいせつな行為をしようとしたものの、Bが泣きながら逃げ出したため、その目的を遂げなかった。

(証拠)〈省略〉

(争点に対する判断)

一  弁護人は、各被害者の目撃証言の信用性を争い、被告人にはアリバイもあるとして、いずれの事実についても無罪を主張し、被告人も公判廷においてこれに沿う供述をする。そこで、この点について検討する。

二  各被害者の犯人識別証言の信用性について

1  被害者Aの証言の信用性

(一) Aは、犯人の特徴、犯人を目撃した際の状況及びその後の面通し等の状況について、次のとおり証言する。

夕方のまだ明るい時間に犯人から声をかけられ、少し離れたマンションの裏まで連れていかれた。後で捕まえてもらうために覚えてやろうという気持ちで犯人の顔を見ていた。キスをされたときには犯人の顔を正面から見た。犯人は、三〇歳くらいのぽっちゃりとした丸顔の男で、目が細く、四角っぽい眼鏡をかけ、唇の右端がちょっとつり上がっており、髪形は全体が短く立っていた。服装は無地のエメラルドグリーンのビニールジャンパーを着ていた。

被害後、家に帰ってすぐ、母親に被害にあったことを話した。その数日後、警察でも事情を聞かれ、面通しをした。その部屋の中には警察官以外には一人しかおらず、警察官から通しガラスの向こうにいる人が犯人かどうか確認してほしいと言われて部屋の中を見ると、犯人と同じエメラルドグリーンの服を着て、顔も同じ男がいたので、犯人だと分かった。

被疑者写真帳の一九番の写真の男(被告人)が、犯人に間違いない。

(二) 以上がAの証言の概要であるが、まだ明るい夕方の時間帯に、至近距離から、ある程度の時間にわたって、正面からも犯人を見ていたもので、その観察条件は良好であったと認められる。また、犯人はエメラルドグリーンのビニールジャンパーを着て、唇の右端が若干つり上がっていたという特徴的な服装、顔をしていたとされ、この点は思い違いをするような事柄ではない。これに加え、中学校二年生のAが、顔を覚えてやろうと思って犯人の顔を見ていたというのであるから、その観察や記憶は意識的になされたものと考えられる。

そして、関係証拠によれば、Aは被害直後に母親に対して被害に遭ったことを打ち明け、犯人は黄色い大きなカッターナイフを持ち、緑色のビニールのようなジャンパーを着ており、銀縁の眼鏡をかけ、目が細く、色白で小太りの男であったなどと述べていることが認められる。このように、警察における面通しにより被告人を見る前から犯人の特徴、服装等について前記証言と同様の供述をしていたこと、面通しの際には被対象者が一人しか部屋にいなかったものの、警察官から被対象者が犯人だと決めつけるなどの不当な暗示や誘導がなされた形跡がないことなどからすれば、弁護人が主張するように、捜査段階における面通し等が前記のような犯人の特徴に関して暗示や不当な影響をAに与えたとは認められない。

(三) そうすると、犯人の特徴に関するAの証言に誤りが混入しているとは認められず、その内容が具体的かつ詳細であることからしても信用できる。そして、被告人は黄色のカッターナイフと緑色のビニール製ジャンパーを持っており、唇の右端が若干つり上がっている他年齢、体格、容貌、髪形などAの証言に係る犯人の特徴と一致している。したがって、犯人は被告人であるとのAの証言は、十分信用できる。

2  被害者Bの証言の信用性について

(一) Bは、犯人の特徴、犯人を目撃した際の状況及びその後の面通し等の状況について、次のとおり証言する。

夕方のまだ多少明るい時間に公園で犯人から声をかけられ、少し離れたマンションの階段踊り場まで連れていかれた。犯人は、眼鏡をかけた丸顔の男で、少し太っており、黄色いカッターナイフを持っていた。髪形は横を刈り上げていて上の毛が立っているような感じだった。黒っぽい作業服かジャージのようなズボンをはいており、膝の辺りに赤い縁取りのされたポケットがあった。上半身はジャンパーのようなものを着ていたが、色などは覚えていない。ズボンについては、階段の踊り場で犯人に膝の上に座るように言われたときに見たし、後で警察でも見せてもらったのでその特徴をよく覚えている。

被害後、家に帰ってすぐ、両親、小学校の先生、警察官に被害に遭ったことを話した。警察署に初めて行った日に、犯人のはいていたズボンの特徴などについて詳しく話したが、それが写真やマジックミラー越しに犯人を確認する前だったかはっきり覚えていない。事情を聞かれてからすぐ十二、三枚の写真を見せられ、この中に犯人はいますかと聞かれた。一回通して見てからもう一回見直して、顔が横に太った感じや眼鏡から間違いなく犯人であると特定できた(写真には上半身しか写っていなかった)。写真を見せられてから警察官からこの人が犯人か確認して欲しいと言われてマジックミラー越しに男を確認し、顔の特徴から犯人だと分かった。部屋の中の男は、犯人の服装と同じだったように思うが、ズボンまではよく見えなかった。

被疑者写真帳の一九番の写真の男(被告人)が、犯人に間違いない。

(二) 以上がBの証言の概要であるが、これについても、Aと同様、その観察条件は良好であったと認められる。また、犯人は膝に赤い縁取りのされたポケットの付いたズボンをはいていたという特徴を指摘しており、この点は思い違いをするような事項ではないことに加え、犯人から膝の上に座るように言われたときに見たこともあり、特に記憶があるというのであるから合理的である。

前記のB証言によれば、警察署で見せられた犯人の写真には上半身しか写っていなかったし、面通しの際にもズボンまでよく見えなかったが、顔の特徴や眼鏡などから見せられた男が犯人だと分かったというのであるから、Bがズボンを後に警察署で見せられたためその特徴をより鮮明に覚えているにしても、そのことのみで犯人かどうかを識別しているとは認められない。

そして、関係証拠によれば、Bは、被害当日のうちに父親に対し、犯人の特徴として、少し太った、髪の毛が短く横が立った男で、眼鏡をかけ、グリーン色の上着を着て、作業ズボンをはいていたなどと述べており、当初から前記証言に沿った供述をしていること、犯行後短期間のうちに写真面割りと面通しが実施されており新鮮な記憶が保持されていたこと、写真面割りの際には多数の写真が示され、B自身慎重に判断していること、面通しの際には被対象者が一人しか部屋にいなかったものの、Bが写真により犯人を特定した後に確認的に行われ、警察官も被対象者が犯人だと決めつけるなどの不当な暗示や誘導をした形跡がないことなどからすれば、弁護人が主張するように、捜査段階における面通し等が前記のような犯人の特徴に関して暗示や不当な影響をBに与えたとは認められない。

(三) そうすると、犯人の特徴に関するBの証言に誤りが混入しているとは認められず、その内容が具体的かつ詳細であることからしても信用できる。そして、被告人は黄色のカッターナイフと両膝に赤い縁取りのあるポケットの付いた黒いズボンを持っている他体格、容貌、髪形などBの証言に係る犯人の特徴と一致している。したがって、犯人は被告人であるとのBの証言も、十分信用できる。

3  以上のとおり、両被害者の犯人識別証言は、それぞれ信用できるのみならず、両者が証言する犯人の特徴は、前記のとおり概ね一致し、本件各犯行が時間的にも場所的にも極めて近接していることからすれば、本件各犯行の犯人は同一人物と推認するのが合理的であって、犯人は被告人であるとする両被害者の証言は、相互に補強しあい、より信用性を高めるものと言える。

三  被告人のアリバイ供述の信用性について

1  これに対し、被告人は、公判廷において、犯行当日のアリバイについて、その日は会社を休み一日中家におり、夕方、新聞を取りに出た際、近所に住むH子に会い、手を振られたことを覚えていると供述する。

被告人は第五回公判において、平成七年三月三日に任意同行されたときから本件当日は家にいたことを覚えており、最初に取調べを担当した警察官にはその日は家にいたと言った旨供述している。しかし、逮捕前の同年三月三日付け上申書では既に第一事実について犯行を認めた上、翌四日に接見した弁護人にも罪を認める旨述べていながら、検察官による弁解録取や勾留質問の際には、犯行当日は会社に行っていたとアリバイ供述するなど、アリバイに関する供述も当初から不自然である上、その内容も変遷している。また、第三回公判における被告人供述によれば、当初は、警察官が怖くて弁護人に対しても、罪を認めていたが、弁護人から祖母のN子が本件当日は家にいたはずだと言っていると聞かされて、当日は家におり近所のMに会ったことを思い出し、これを弁護人に伝えたが、同年三月のうちにMからこれを否定されて、しばらく誰に会ったか思い出せず、東京拘置所に移監された(同年六月二二日)後になって、声が似ているHと間違えていたことに気付いたというのである。このような供述経過等からしても、本件当日は家にいたことを最初から覚えていたという被告人の説明は不自然であることに加え、前記アリバイ供述が多分にN子の示唆を端緒になされていると窺えることからすれば、その信用性は極めて低いといわざるを得ない。

さらに、その内容についても、第三回公判においては、本件当日の夕方、新聞を取りに出たとき、Hの声を聞いただけでその姿はよく見なかったため、HとMを間違えたと供述しながら、その点を再度質されると、Hの顔を見たと供述を変え、第五回公判においては、Hは自転車に乗っており、手を振っていたが、声をかけられたか分からない、顔は正面から見たと供述するに至っている。このようにHの顔をはっきり見たのであれば、HとMの声がたとえ似ていたとしても両者の顔をよく知っている被告人が間違えるはずはないこと、声をかけられたかどうか分からないのであれば、声が似ていたので勘違いをした旨の前記供述は不合理な弁解であったことになること、証人Hは後記のとおり、当時歩いて被告人宅の前を通ったと明確に証言していることなどからすれば、被告人の供述内容は他の証言内容と重要部分で一致していないばかりか、自己の供述相互間にも納得し難い変遷や矛盾があり、およそ自らが体験した事実を供述しているとは認められず、到底信用できない。

2  ところで、証人Hも、本件当日の午後五時半過ぎころ、買い物に行く途中に被告人宅前を歩いて通った際、被告人が郵便受けから新聞を取り出しているのを見たので声をかけたが被告人は気付かなかった、再度声をかけると気付いたため自分が手を振った、その時の被告人の顔色は悪く体調が良くないようだった、被告人と会ったのが本件当日であると断言できるのは、その日は保険料支払いのためお金の準備に苦労してよく覚えているからである、同年五月二三日にN子から本件のことを初めてきかされた際、何も確認せずすぐに本件当日に被告人と会ったことを思い出したと証言する。

しかし、N子の証言によれば、HはN子とともに当時付いていた弁護人を訪れ、前記のように被告人を目撃したということを話したものの、弁護人からその目撃が本件当日のことであるという根拠がなければ意味がないと言われてもその場では根拠を示せず、その帰途ようやく本件当日保険料の支払いに困り、銀行に行ったりしたことを思い出したというのである。このことは、当時、Hが被告人を目撃したことと同年二月二七日に保険料の支払いのため銀行に行ったということを同じ日の出来事として記憶していなかったことを端的に示している。

そうすると、Hの証言のうち、少なくとも被告人を見た日が保険料の支払いのため銀行に行った同年二月二七日であるとする点には、大きな疑問が残り、ほかにこの二つの事実を結び付ける合理的な説明もなく、信用性が低いといわざるを得ない。

3  なお、被告人の祖母である証人N子は、本件当日の被告人のアリバイについて、朝、被告人は気分が悪いということだったので会社を休み、家にいた、午前中は弟とポケットベルや携帯電話を鳴らして遊んでおり、午後三時ころからは、階下から父親のCDを持ってきて自分の部屋で聴いていた、夕刊を取りに出た以外は午後六時過ぎに父親が帰宅するまで部屋から出ていない、自分の部屋は被告人の部屋の隣にあり、物音などからして被告人が一日中部屋にいて、被告人自ら夕刊を取りに出たことは間違いない旨証言する。

しかし、N子は、その警察官調書(甲68)では、本件当日は自分が夕刊を取りにいって被告人の車があるのを確認したから、被告人は家にいたことは明らかである旨明確に供述している(このような事実は、被告人にとって有利なものであり、N子が供述してもいないのに警察官が殊更記載するとは考えられない。)。夕刊を取りに出たのが誰であったかということについて、このように供述が変遷していることの納得できる説明がない以上、その証言をにわかに信用することはできない。

四  被告人の捜査段階の自白の任意性及び信用性について

1  被告人は、捜査段階における自白について、いずれも警察官が怖かったため言われるままに答えただけであり、真実を話したわけではないと供述する。

2  しかし、被告人も認めるように、警察官が取調べにおいて脅したり暴行を加えたことはなく、単に本当のこと言わないと祖父母が悲しむぞという説得を受けたというだけであり、虚偽の自白をしなければならないような状況がなかったことは明らかである。現に、前記のとおり、検察官による弁解録取や勾留質問の際には犯行を否認しており、また、検察官調書において、Aに性器を舐めろと言っていないかとか、Bの髪の毛を掴んでいないかとの検察官の質問に対して明確に否定しており、取調官の言いなりになっていたわけではない。

供述経過をみても、任意同行直後から第一事実について犯行を認める上申書を作成し、翌日、弁護人が接見した際にも犯行を認め、検察官による弁解録取、勾留質問の際に否認に転じた以外は一貫して自白している。

内容についても、概ね被害者らの供述と一致しており、不自然な点はないばかりか、犯行前後の状況や行動等についても極めて具体的かつ詳細に述べており、取調官の誘導に応じただけとは考えられない。

3  そうすると、被告人が捜査段階の取調べにおいて、自らの意思に基づき供述していたことは明らかであり、その供述内容も十分信用できる。

五  以上のとおりであるから、本件各事実の犯人はいずれも被告人であると認められ、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

以下において「刑法」とは、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法律による改正前の刑法をいう。

罰条

第一の行為 刑法一七六条前段

第二の行為 刑法一七九条、一七六条

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第一の罪の刑に加重)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

一  被告人は、一三歳と一二歳の抵抗力が劣り弱者ともいえる少女を殊更物色した上で本件各犯行に及んでいるのであって、少女を自己の性的欲望の対象としてしか見ていないその態度は卑劣である。犯行態様をみても、被害者らに対して、カッターナイフを示して脅した上、人目に付きにくい場所まで被害者を連れていき、わいせつ行為に及び、あるいは及ぼうとしたもので、悪質かつ執拗である。被害者らの年齢を併せ考えると、被害者に与えた恐怖や精神的苦痛は大きく、被害者らとその保護者らの被害感情が厳しいのも当然である。そして、このような被害者らに対して、被告人は何ら慰謝の措置をとっていないばかりか、公判廷においては、自らの刑責を免れるために不合理な弁解に終始し、全く反省の態度がみられない。さらに、本件が短時間のうちに連続的に行われていることや平成四年二月から同六年八月までの間にのぞき目的の住居侵入の罰金前科を三犯も重ねている経過等を併せ考えると、被告人には性的犯罪に対する常習性が窺える。

二  このような犯情に照らすと、第二事実については未遂に終わり、第一事実におけるわいせつ行為の程度も極端にひどいとはいえないこと、被告人にはいまだ懲役刑の前科がなく、一応真面目に働いていたことなどの酌むべき事情を考慮しても、主文のとおりの刑が相当である。

(裁判長裁判官 村上博信 裁判官 大熊一之 裁判官 野原俊郎)

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